温泉寺茶話

温泉寺の宏観和尚が、日々の出来事や、ちょっとしたお話、法話などを綴っていきます。

はなまつり  2008年5月6日更新

 ゴールデンウィークも終わりました。3月のお彼岸以来、このページも更新していませんでしたが、4月は境内のお稲荷様の再建事業に始まり、桜のライトアップ、現代禅の集い(法話の集い)、新緑を愛でる会に続き、昨日(こどもの日)花まつりまで終わってしまいました。行事のたびに、そのネタを使ってこのページの記事を作ろうと思うのですが、なかなかできません。

 

 理由はただ一つ、明白であります。当日は勿論、その前後に必ず深夜にまで及ぶ酒がつきものだからです。昼にしかできない仕事は雑用も含め、多々あるわけですから、真昼間からパソコンには向かえませんし、必ず体調の良い、静かな夜が必要なのです。なのにそれが無い・・・(涙)。でも、なんて幸せなことでしょう(感涙)。みんなが私を相手にしてくれていると思うと、本当に幸せに感じます。今日のニュースや新聞を見ますと、どこへ行ってきたとか、どこが渋滞しているだとか、いろいろ行楽関係の報道が流れますが、私はどこへも出かけませんでしたが、ある意味充実した、楽しい連休でした。

 

 昨日は「こどもの日」で、毎年恒例の「花まつり」でした。お釈迦様の誕生日を、みんなで一緒にお祝いするのです。生まれたままのお釈迦様(誕生仏)の像に、甘茶をかけて、みんなが「仏の子」であると自覚する日です。「仏の子」といいますと語弊があるかもしれませんが、言い方を変えますと「みんなが仏様と同じ心を宿した、同じ命をいただいているんだよ。本来持ち合わせている優しい心と命を、大切にするんだよ。」ということです。それを知らず知らずのうちにでも、子供達が肌で感じ取ってくれればいいなぁと、願っています。

 

 特に今回の「花まつり」は、去年までの象引きパレードやお参り、子ども会が用意するお菓子セットのプレゼントの他、地元若宮会の方による綿菓子振舞いや、プラレール遊びも用意していました。また、毎年甘茶の需要が増え続けていますので、甘茶も100ℓ用意しました。

「これはかなり楽しい花まつりになるぞ!」

と、私もワクワクして当日を迎えましたが、当日は生憎の雨。(連休中唯一の雨。)象引きパレードも予想通りの少人数の中、頑張って決行したものの、予定のコースの半分で中断。たいへんな日になったものだと、残念な気持ちで温泉寺の境内へ帰りました。ところが、温泉寺の境内ではいつもと同じぐらいか、例年よりも多くの人達で賑わいました。嬉しいことです。

 

特筆すべきは、もともと子供対象の行事なのですが、それにも関わらず子供を持たない未婚の若者が率先してお手伝いして下さっていたことです。広い庫裡の4分の1はあるプラレールの組立・設置から、綿菓子作りなど、去年まではなかったことをしてくれて、そのおかげで雨の中でも大いに子供達は喜んでいました。

また、毎年参加して下さる地元のカブスカウトやビーバー隊を引率してみえるリーダーの方々も、ご自分のお子さんはあっても、もうその隊を卒業していて、他所様の子供達のお世話をなさっている方ばかりです。

 

自分の子供が直接参加するという行事でも、休日返上でその行事のお手伝いをするということは、なかなかたいへんなことなのに、頭が下がります。自分の子供がいるいないに関わらず奉仕して下さる方達のおかげで、この地域の子供達はどんなに幸せなことでしょう。きっとこの行事に参加している大人のほとんどが、ご自分が子供の頃、同じようにこの行事に参加し、楽しい思い出を持った方達なんだろうと思います。ですからまた、今の子供達が大人になった時、地域の子供たちのために奉仕してくれていれば、その気持ちさえ抱いてくれていれば、この「はなまつり」は大成功と言えるのではないかと思います。少なくとも、今から20年から30年以上前のこの地域での子供行事は、現時点でそういう意味で大成功しているのだと思います。

 

中国の「心王銘」という書物にこういう言葉があります。

 

「水中の塩味、色裏の膠青」  すいちゅうのえんみ、しきりのこうせい

 

直訳的には、海水の中の塩分。絵の具に溶けたにかわ。ということです。実際に目には見えませんが、実在するものの喩えに使われます。しかもそれがまた、重要な役割を果たしているんです。あの塩分を含んだ海水のおかげで、海の生物達は元気に暮らすことができます。にかわが水に溶けるおかげで、私たちはいろいろな色を楽しむことができます。

 

私たち人間の「心」も、目には決して見えませんが、そのおかげで生きていくことができます。全ての行動は、この「心」によるものです。ですから自分の心の中が、「なんて汚いんだろう」とか、「なんて卑しいんだろう」とか、とても嫌になることがありますが、反対に何とも表現できない幸せな心地になることも勿論あります。きっと昨日の「はなまつり」では、その場にいるみんなが多かれ少なかれ、それを感じていたのではないかと思います。立場上、仕方なく参加するという浅はかな感情も無く、誰かのために奉仕するという恩着せがましい感情も無く、そこにいるだけで何となく心地良さを感じる空気が漂っていました。それは子供たちの素直な笑顔があったからです。

 

子供たちの笑顔を見てホッとする感情。心地良くなれる感情。これがお釈迦様のおっしゃった「本来誰もが持っている優しい心(仏心)であり、仏と同じ命。」ということだと思います。これを大切に、そして存分に活かしていけば、素晴らしい日々が送れるのではないかと思います。

 

例によってこの「はなまつり」も、私自身は何もせず、ただ子供会の方やスタッフの方達と飲むだけが仕事になってしまいましたが、本当に楽しい、心地良い酒でした。飲みすぎ注意の警告を受けることもありますが、以前医師に言われたように、梅干をきちんと食べているから大丈夫!目には見えない梅干の塩分のおかげで、私は生かされております。感謝。

 

「しあわせは  いつもじぶんの  こころがきめる。」

「イキイキ  はつらつ  感動いっぱい  いのちいっぱい。」

 相田みつをさん)

 

 


 

お彼岸(仏心の世界)  2008年3月17日更新

こんにちは。明日から春のお彼岸(ひがん)です。下呂の方達は本当に熱心にお寺参りやお墓参りをされます。お彼岸ともなりますと、家族お揃いでお参りにおみえになります。お寺に居る者が感心しているのですから、信仰心の厚さはかなりのものです。ひょっとすると、こちらの方が「しっかりしなさいよ!」と、言われてしまいそうです・・・。朝早くお越しになる方もありますから、今まで怠けて朝6時についていた梵鐘も、ここらで5時30分ぐらいにしなければと思っています。

 

さて、温泉寺は最近卒業旅行の影響か、とにかく若いカップルや若い男女のグループで境内が賑やかです。いろいろと工夫をして本堂などにお参りしていただけるようにお勧めするのですが、中にはお帰りの際、

 

「それでこちらは何の神様をおまつりしてるんですか?」

 

という質問を受けることがあります。それどころか、ちゃんと「臨済宗妙心寺派、温泉寺」と書いてあるのに、「パンパン!」と手を鳴らしてお参りされる方もお見受けします。

 

「えーっ!! お寺なのに神様??」

 

と、ずっこけてしまいそうです。理由はそれぞれにあるかも知れませんが、なるほど、これが今の若い日本人の宗教観なんです。お寺だろうが、神社だろうが、関係ないんです。とにかく神仏どちらにしろ、お参りしたら何かいいことがあるかもしれない・・・という具合だと思います。非常に寛容的な気質の日本人だからこその発想で、それはそれでいいのかも知れませんが、明日からは折角の日本古来の伝統行事である「お彼岸」です。

 

「なるべく若い十代のカップルにでも理解していただけるような内容と文章で、お彼岸の紹介文を作り、境内に表示しろ!」 

 

という難しい宿題を役員さんからいただきました。(涙)

という訳で、その紹介文の一部をここで紹介します。このお話は元妙心寺管長で、花園大学学長を長年お勤めになられました、故・山田無文老師のされましたお話です。

 

 想像してみて下さい。大きなテーブルの上に和洋食・中華などのたくさんのご馳走が並んでいます。あなたは今、友達や近所の人達と共にそのテーブルを囲んでいます。そしてたくさん食べれるように、大きな大きなスプーンを与えられています。

 

でも、みんな手足を椅子にしばられていたら・・・。

自由に動かせれるのは、上半身と口だけです。

あなたなら、どうしますか?

 

地獄のようなお話ですねぇ。腹が減っているのに、ご馳走を目の前にして、手足がしばられているなんて・・・。折角の大きなスプーンも、役に立ちません。きっとイライラしますよねぇ。横にいる友達や、正面にいるご近所さんとも不仲になると思います。このように自分の苦しみから解放されず、自分のことだけを考えているのが、文字通り「地獄」の世界であります。

 

では、同じ状況なのに極楽の世界など存在するのでしょうか。まず、上半身を前に傾け、口を上手に使ってスプーンをくわえて、ご馳走をすくいます。そしてスプーンの先を前にやりますと、正面のお向かいさんの口に入ります。ご馳走をすくって横を向きますと、お隣さんの口に入ります。このように「どうぞ。」「どうぞ。」としているうちに、お向かいさんやお隣さんからもいただくことができます。肝心なのは、ゆくゆくは自分がして欲しいから、などという策略ではなく、ただひたすら「どうぞ。」と言える布施の心だと思います。こうしていくうちに、状況がどんなに悪くても、周りの方達と仲良く、力を合わせて生きていける極楽の世界が生まれるのです。

 

この極楽の世界でいる心を「お彼岸」というのだと思います。自分とお向かいさん、自分とご近所さん、自分と友達とが隔たりなく、 一つになる世界です。

 


 

お寺の品格  2008年2月25日更新

 相変わらずご無沙汰のブログであると、私自身確信しています。つい先日、あるお宅での法事の折、遠方からおみえになった親戚の方が、「いつも楽しみにしています。」とおっしゃってくれたので、ついついのせられる形での更新です。(笑)

 

 さて、私が下呂にまいりましてから来月でちょうど円6年が経ちますが、昨年来、急速に観光客の方に対する意識が温泉寺役員さん共々高まってまいりました。年々賑やかになる秋の紅葉ライトアップのおかげか、行政の方たちや観光協会、マスコミ、旅行代理店などの宣伝で、観光客の数が増えてまいりました。昨年8月頃から現在に至るまで、コンスタントにお参りに来て下さる大型バスツアーも2件あります。という訳で、紅葉の時期以外でも、来て下さったお客さんに喜んでもらえる工夫をしようという気運が高まったのです。その結果、本堂には誰にでもわかっていただけるような説明文(由緒・特筆すべき史実)を貼り出し、紅葉の写真を飾り、下呂古来の風習の健康祈願「大数珠まわし」の体験もできるようにしました。また、お隣の観音堂には、特に若い方たち向けにと、かつてテレビで放送された「まんが日本昔話」に登場した唯一の下呂の物語「さるやの石」を安置、紹介すると同時に願掛けをしてもらおうと、奉納石を用意して、更に遊び心で「恋みくじ」なども置いてみました。更に新緑や紅葉の美しい裏参道には、これまで無縁様として祀られていたお地蔵様などを十八体、裏参道脇にそれぞれ再安置して、散策がてらお参りしていただけるようになりました。そして境内のどこに何があるか、聞かれなくてもわかるように案内板を掲げました。

 

 そのおかげで現在は多くの観光客の方たちにも気楽に堂内に上がってもらえますし、お年寄りから若者までが、境内を散策して下さっています。私個人的にはとにかく「温泉寺へ来て良かった!」と思ってもらえたら良しな訳です。ただ、来て下さった方が本当にそう思って下さっているのかはわかりませんが・・・。

 

 こんな調子で気楽に考えておりました。観光の街的な考え方です。つまり、お寺に来て下さる観光客が対象な訳です。勿論、観光客の方に対してできる創意工夫はまだまだありますし、やらなければならない課題も山積みです。

 

 こうしたことを考え、実行していくことは、「観光寺」としての要素においては画期的であると思います。また、歴史や文化にも触れてはいるので、単に遊び心をくすぐる流行的なものでもなく、観光都市「下呂」の発信地としての役割も少しは果たしていると思っています。(言いすぎかも・・・。)

 

 しかし、一地区の皆さんの「菩提寺」としての要素は、十分に成しえているのか?と問われるとどうでしょう。例えばもうすぐ3月8日。この地区の皆さんで薬師如来をお祭りする薬師祭りの日です。昔(戦前)の写真を見ますと、近所の方たちが大勢お弁当を持ち寄って楽しく歓談する姿が見られます。また、桜の季節になりますと、境内の桜のもとでみんなが踊っています。大人も子供もたくさんいます。みんな笑っているんです。まだ当時のことを記憶されている方は多いと思います。そしてきっと普段の温泉寺の写真でしょうか。人の姿は全く無く、ひっそりと、それでいてどっしりと古風な本堂が悠然と建っています。写真1枚でその静けさ、風格が伝わってきます。論理的、合理的な解釈ではなく、言葉では表現できないような心地よさがそこにはあります。地元の方たちはもしかすると、その心地よいお寺の「品格」というものを愛したのではないか?その「品格」を心の拠所とし、誇りにしていたのではないか?「品格」というほどの建物や境内ではなかっただろうと想像しますが、その素朴な雰囲気に、長い間懐かしさを覚えていたのではないか?そしてまさに今、私自身が僅か6年のうちに、長い間守ってこられたお寺の「品格」を破壊しているのではないか?と、思ってしまいます。

 

 お寺の「品格」または「雰囲気」というものは、勿論地元の皆さんの寺ではありますが、そこに住んでいる坊主によって少なからず影響を受けるものだと思います。今は、日増しに観光客の方の姿が境内に増え、日中はいつでも賑やかな感じがしています。境内も華やかになった気がします。(俗っぽくなった気もします。)でも何とか地元の方達のための寺であり続けなければなりません。これまで湯之島の方達の寺としての「温泉寺」を長い間、歴代の住職方は守ってこられました。今年は当代から数えて先々代様の50年の法事の年です。ちょうど先程申し上げました写真の頃の「おっさま」です。現状をどのように見ておられるのでしょうか?

 

 ◎今回は「品格」という言葉を強く意識しました。一昨年出版された昭和女子大学の坂東眞理子先生の「女性の品格」。また、その前にベストセラーとなった新潮社から出版の、藤原正彦先生の「国家の品格」を意識したためです。共に考えさせられる 書籍です。


 

謹賀新年  2008年1月19日更新

 皆様、明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。昨年より、私的な問題に直面し、なかなかこのHPも更新することができないでいました。ただ、相変わらずボチボチとした日暮しの中、スローペースにやりたいと思っております。

 

平成19年は、とても個人的にたいへんな年でした。お寺のこともままならず、地元の方にはたいへんなご迷惑をおかけしてしまいました。まるで暗闇の中に自分がいたような気がしますが、そんな中、明るい兆しを与えてくれたのが、秋の紅葉ライトアップでした。

 

住職の私が非常に不安定でいる中、実行委員会と称する地元のボランティアのメンバーも増え、更に市役所観光課の職員の皆様まで交通整理に加わって下さり、心から感謝しています。そのおかげで、10日間の期間中、4000人の方々に温泉寺の紅葉を楽しんでもらえることができました。事故もありませんでしたし、スタッフの情熱により、イベントも充実しました。5回目のライトアップでしたが、初めて念願の「足湯」も境内に設置でき、紅葉ライトアップと足湯の共演が実現しました。たくさんの方々に活け花や押し花絵の披露をしていただき、立派な展示ギャラリーもできました。3日間限定でしたが、お茶席も賑わいました。また、地元青年団「若宮会」の皆様には、「もみじ横丁」と銘打ち、中央駐車場にて炊き出しをして、このライトアップを盛り上げて下さいました。3夜連続のコンサートも、おかげさまで大盛況でした。それぞれのアーティストの皆様には、遠い所から足を運んでいただき、ライトアップに更なる花を添えていただきました。萩原町の尺八の今井さん、古川町の雅楽団・風雅さん、埼玉県のギターリスト・榎本さん、本当に有難うございました。また、ライトアップ終了後には、たくさんの御礼のお手紙やメールをいただきましたし、その上立派なお写真を下さった方がおられます。厚く御礼申し上げます。そして、来場者の皆様、この行事を支えて下さった多くのスタッフの皆様、寒い時期なのに本当に感謝しています。この行事に触れて下さった誰よりも、当時不安定だった私が恐らく一番勇気づけられたのではないかと思います。何しろ全てにおいて一人ひとりのボランティア精神の賜物だからです。入場無料の中にもかかわらず来場者の皆様には浄財をいただいたり、スタッフの方には貴重な時間と労力をいただいたり・・・。私は何にもせずにいて、このイベントは大盛況を極めました。しっかりしなければならないなと、つくづく感じました。

 

紅葉の色は、昼は昼の色があり、夜は夜の色があり、そのままの姿を私たちに披露してくれます。勿論どちらも綺麗です。それぞれの姿を素直に見せてくれるもみじの木。もみじは自分でどちらの色を見てほしいと思っているのでしょうか?またはどちらが真実の自分だと思っているのでしょうか?そんなことを思っているうちに、私は自分の色を主張しすぎたために、自分で自分を苦しめていることを感じます。不安定になった原因はそこにあります。

 

「こころの色」  谷川俊太郎

 

私が何を思ってきたか

それが今の私をつくっている。

あなたが何を考えてきたか

それが今のあなたそのもの。

世界はみんなの心で決まる。

世界はみんなの心で変わる。

赤ん坊の心は白紙。

大きくなると色にそまる。

私の心はどんな色?

きれいな色に心をそめたい。

きれいな色ならきっと幸せ。

すきとおっていればもっと幸せ。

 

 

もみじの木は、すきとおっているから昼も夜もきれいなんだなと、思ってしまいます。今は勿論葉っぱも落ちて、真っ裸です。殺風景だなと思う今の季節でも、何だか真っ裸のもみじはきれいです。素直にありのままを見せてくれていますから。格好悪くても、苦しい時は苦しいなりに、悲しい時は悲しいなりに、おかげさまで体は丈夫!今年も1年頑張ります。


 

お詫びのご挨拶  2007年10月5日更新

 こんにちは。たいへん久しぶりの更新です。実は去る5月にパソコンの調子が悪くなり、初期化したところ、更新画面のパスワードが消えてしまい、以来当HPをかまえずにおりました。全くドンくさい話です。

 毎月楽しみにして下さっていた大阪の方、お元気ですか?奇しくも更新できるようになった今日が、確か貴方の誕生日です。おめでとうございます。我が禅寺においては初祖とされる達磨さんの命日ということで、10月5日の誕生日をよく覚えています。
 という訳で、本日は簡単に達磨さんを紹介します。よく願掛けやお祝いの場に登場するダルマさんですが、この方は実在の方で、お釈迦様から数えて28代目、インドから中国に禅を伝えられた方です。少林寺拳法でお馴染みの、中国は嵩山・少林寺で9年間、ひたすら坐禅に没頭された方です。

 この達磨さん。インドから艱難辛苦の船旅で、ようやく中国(広州)へ上陸なさった時に、面白いエピソードがございます。
 当時、中国には梁という国があり、そこにたいへんな仏教信者の武帝という王様がいました。とにかく仏の教えを守り、また勉強して、僧侶を厚く敬い、お寺も数多く建立しました。国民にも非常な慈悲心で接し、信頼も厚く、皆からは仏心天子と呼ばれておりました。
 中国に上陸した達磨さんは、早速この武帝に招かれました。武帝はインドの高僧達磨さんに尋ねます。

「私は、こんなに仏の教えを守り、この国をついに仏教国にしたが、果たしてどれぐらいの功徳があるでしょうか?」
達磨さん。「無功徳!」

思わず耳を疑った武帝は続けて尋ねます。

「でも、僧侶を大切にして、施しもしているし、お寺も随分建立しました。それでも功徳は無いのですか?」

達磨さん。「無功徳!」

さすがに腹を立てた武帝は更に尋ねます。

「では、仏教の根本の教えは何か!」

達磨さん。「廓然無聖!(からっと晴れた空みたいなものだ)」

すっかり訳のわからなくなった武帝は最後に尋ねます。

「私の目の前にいる貴方はいったい誰だ?」

達磨さん。「不識!(知らん)」

武帝はとうとう達磨さんとの問答を諦めてしまいます。この後、達磨さんは嵩山に向かい、少林寺で9年間、じっと坐禅三昧に入られました。

 さて、私が達磨さんだったらどうしていたでしょう。素晴らしい高僧であるという前評判で、武帝に招かれていたら・・・。きっと武帝の質問に対して、武帝を持ち上げるような返答をして、(絶対に無功徳なんて言いません・・・。)武帝に気を使いながらお話して、地位と名誉を得たに違いありません。

 いちいち説明しなくても、達磨さんの境涯をおわかりいただけると思います。「あーしてやった、こーしてやった。」などという恩着せがましい親切は、本当の親切ではないし、もともと達磨さんの心中は、言葉通り、からっとした秋空のようなもので、地位だの名誉だの、仏教ですらこだわらない方であったと推測します。でなければ、少林寺に9年も篭もったりしませんよね。

 少林寺に篭もった達磨さんは、中国僧に変人扱いされていましたが、ひたすら壁に向かって坐禅している、その微動だにしない背中を見て、だんだん尊敬される存在となっていきました。華やかに世へ出ることはついにありませんでしたが、その法灯は現在日本にまで続いています。当時の中国では、達磨さんのように、体験で以って心を養うことより、経文や戒律の研究を重要とする教相家・律僧のほうが世の中では主流であったため、達磨さんはそれらの人達から恨みを受け、毒殺されてしまいます。

 しかし、先ほどの梁の武帝は、晩年、達磨さんの本心を悟り、再度面会を望みました。残念なことに、達磨さんは既に亡くなっており、その願いは叶わなかったそうです。

 何物にもとらわれず、こだわらず、というのは難しいですね。「こだわるな!」という言葉についついこだわってしまいそうです。スカッと、カラッとした秋空。どんな雲でも受け入れ、来ても良し、去っても良し。風が吹いても、雨が降っても、隠れているだけで、いつでもその正体は青空です。私達の心の中も、本来は青空であるというのが、達磨さんの禅であります。

「眼にて云う」   宮沢賢治

だめでしょう。
とまりませんな。
がぶがぶ湧いているのですからな。
ゆうべからねむらず血も
出続けるもんですから。
そこらは青く しんしんとして
どうも間もなく死にそうです。
けれどもなんと いい風でしょう。

中略

あなたの方から見たら ずいぶん 
さんたんたる景色でしょうが、
わたくしから 見えるのは
やっぱりきれいな青空と
透き通った風ばかりです。



 


 

12345678910111213141516|    << 前のページ | 次のページ >>


▲このページのtopへ