温泉寺茶話

温泉寺の宏観和尚が、日々の出来事や、ちょっとしたお話、法話などを綴っていきます。

なみだしくや・・・  2010年3月17日更新

今さらですが、新年明けましておめでとうございます。

この言葉を申し上げるのに2ヶ月半もかかってしまいました。

ようやく春らしくなり、温泉寺の紅梅も開花しました。

それもそのはず、明日から春のお彼岸です。

 

 

というわけで、本日午前中は、仏様にお彼岸団子とお花をお供え致しました。温泉寺では先代和尚さんの時代も手作り団子をお供えしておりました。(たぶんそれまでの和尚さんの時代も・・・)

米粉から団子にして、蒸してお供えするまで、2時間くらいかかります。現在はお彼岸団子もスーパーで買える時代です。買ってくれば、手間も時間も省けます。今までどれだけ買って来ようと思ったことか・・・。

 

江戸時代の松尾芭蕉「奥の細道」を紐解くと、元禄2年8月14・15日に現在の福井県敦賀市に芭蕉は逗留しています。敦賀には、気比神宮という立派な神社があり、芭蕉も参詣し、句を残しました。

 

月清し  遊行のもてる  砂の上

 

奥の細道によると、気比神宮の社殿の前の白砂は、まるで霜を敷き詰めたように白い。その昔、2世他阿上人が一念発起して自ら草を刈り、沼地の境内を乾燥させ、せっせと海岸の白砂を運んでぬかるみを埋めた。その行を、歴代の上人も引き継いで、神殿前には白く輝く砂が敷き詰められている・・・と宿の主人から聞き、深く感激した・・・とあります。

句中の遊行とは、歴代の上人様のことです。当時、白砂をどのような方法で運んだか・・・。などと想像しますと、かなりのご苦労だったことと思います。1日1日少しずつ、地道な作業を1代勤め上げ、更にそのご苦労を、引き継ぐ歴代上人の姿があった。本当に涙ぐましいお話です。

 

芭蕉は初案の句で、

 

なみだしくや  遊行のもてる  砂の露

 

と詠みました。同じことを繰り返し続けていくことは、非常に難しいことです。また、現代の文明の利器による利便性をあえて否定することも、難しいことです。

でも、手間がかかっても、時間をかけてでも同じことを繰り返ししていくことが、日本独自の伝統文化を生み出しました。そこに日本人の良さがあるのではないかと思います。

 

「お彼岸団子の10個や20個ぐらい、自分でこしらえろ!」

という歴代和尚様の叱咤の声が聞こえてきますが、実はこれも全く当然のことで、特別なことではないと思います。

(写真〜秋彼岸・子供茶会)

 

 


 

秋の夜や・・・  2009年12月4日更新

あっという間に師走です。

世間様はどこもかしこもクリスマスモード。

一方で相変わらず安定しない雇用情勢。

山奥の小寺の坊主に何ができるかというと、社会に貢献できることなど何もありません。

ただ、暇な時間を埋めるためにこのような駄文を書いているのです。

 

 

 11月は紅葉ライトアップで、およそ1万人弱(把握数のみ)の方にお越しいただきました。

すでにその余韻もなくなり、寺の境内は冬景色に様変わりしています。

なのにまだ、その余韻にひたっているのでしょうか、今回は、この温泉寺茶話にあの「種田山頭火」さんが再登場致します。

 

秋の夜や  犬からもらったり  猫に与えたり  

(種田山頭火)

 

天真爛漫な性格、自由奔放、などと表現すると誤解を生じる場合がありますが、とにかく一生、母親の位牌を胸に抱いて懸命に生き抜いた俳僧であります。この句は晩年に詠まれた作で、ある秋の夜に、どこからともなくやってきた犬が大きい餅をくわえていて、ついついその犬から餅をご馳走になりました。その犬にお礼を言いつつ、どこからともなくやってきた猫に余っている分をご馳走した、ということだそうです。

 

そのままの解説になってしまいましたが、面白い情景だと思います。

現代の社会では、普通、野良犬がくわえているようなお餅を、素直に喜べません。不衛生という概念があるからです。だから、ご馳走にもならないし、ましてお礼を野良犬に言うこともありません。

 

山頭火には、清潔とか不衛生とか、上下関係、利害関係などという単語は存在しなかったようです。自分自身の存在と、他の存在とが常に平等でした。ですから相手が犬や猫であろうとも、自由自在、不二の世界だったのです。

そこに、お餅という存在が現れます。きれい汚いにこだわらず、山頭火にとっては尊い食べ物・つまり命なんです。尊い清浄なるものと思えるから、犬から素直に受け取り、自分だけではもったいないと、猫にお布施することができるのです。

 

この「犬→餅→山頭火」の関係と、「山頭火→餅→猫」の関係を、「三輪清浄」といいます。

お布施する者、される者、そしてその間に行き交う物体が、決して対立関係になく、不二の世界であることをいいます。更に注目していただきたいのが、「俺があいつにこうしてやった、ああいう具合にしてやった・・・」というわだかまりが一切ない世界なんです。

みんなが「ありがとう。」と言える世界が「三輪清浄」なのです。

 

11月の紅葉ライトアップは、下呂温泉の全ての方たちのホスピタリティーが凝縮された催しでした。宣伝に力を入れて下さった行政や観光協会様、足湯の提供を快く承諾して下さった各主要の組合様、ポスターやのぼり旗の掲示・案内をして下さった地元の皆様、実際に企画運営、開催中の警備にあたって下さった実行委員会の皆様など。それら全ての方たちのご奉仕のおかげで、お客様にモミジや楓の紅葉を無料で楽しんでいただけるのです。

 

みんなの奉仕で成り立つ催しは、そう多くは無いと思います。

無報酬なのに、みんなが喜んで奉仕して下さいます。無報酬なのに、行事自体確実に内容が充実してきています。細かな点まで配慮できるようになりました。道しるべの「手作り行灯」も年々増えてきています。何よりモミジの木自体も、ご寄付により年々増えております。

何故ここまでできるんだろう?と、責任者の一人の私が思ってしまいますが、下呂温泉の皆様が、モミジや楓を通じて「三輪清浄」の世界でお客様をお迎えしているからではないでしょうか。

 

「うわー!きれい〜!!」 「ありがとう!」というお客様の声。それがなんだかすごく嬉しいんです。それだけで充分なんです。

 

お世話下さった皆様、ご来場いただきましたお客様、温泉寺の本尊様、モミジ様。

みんなに感謝申し上げます。

また、ご遠方より演奏に駆けつけて下さった、筝曲の山路みほ様、尺八の金子朋沐枝様、みんなの心を和ませて下さいました。ありがとうございました。

 

 


 

子守地蔵様(こもりじぞうさま)  2009年10月23日更新

温泉寺の173段の石段下、いわゆる大門の部分に地蔵堂があります。そこのご本尊様は、通称「子守地蔵様」とよばれております。

 

昔々、飛騨川が氾濫したときに幼い子供と、そのお婆さんが水に流されて亡くなったことを哀れんで、当時の村人が子供の健やかな成長を願ってお祀りしたのが始まりと、伝わっております。

 

名前と由来の通り、子守地蔵様は幼い子供をしっかり抱いておられます。その子守地蔵様のお祭りを、近所の子供たちと行いました。温泉寺では、その子守地蔵様を大数珠で囲み、みんなで輪になって般若心経をお唱えしながら大数珠を回します。大数珠の上下に、「親玉」とよばれる大きな玉がありますが、それを自分の両親、ご先祖様と思い、親玉が回ってきたら静かに額に当てて、現在ある命と健康に感謝します。更に、これからの成長をお祈りします。

 

大数珠を回してお祈りする習慣は、京都・百万遍の知恩寺様の百万遍念仏に由来するのだと思いますが、現在でも京都市内の各町内にて行われている地蔵盆(子供のお祭り)の大数珠回しをヒントに、温泉寺では平成16年から始めています。

 

私は京都の妙心寺でお世話になっていたころ、地蔵盆に何度かお伺いさせてもらい、初めて子供たちが大数珠を回してお地蔵様のお祭りをする姿を目にしました。温泉寺へきてから子守地蔵様の存在を知り、子供行事の一環として始めてみました。

 

今年で6回目ということもあり、大数珠回しも随分板についてきました。しかも2ヶ月前の夏休みには、毎朝ラジオ体操を温泉寺でやりましたので、その後みんなで本堂にお参りし、毎朝般若心経をお唱えしましたから、今回の大数珠回しは全員が大きな声で般若心経をお唱えしながらできました。子供たちはすっかり般若心経を覚えてしまいました。子供たちの吸収力の高さ、柔軟性に驚きながら、やんちゃしながらも素直に大数珠親玉を額に当てる純粋な瞳に感激してしまいました。

 

大数珠の真ん中にお座りいただいた「子守地蔵様」、どうかこの子供たちがいつまでも、この純粋な気持ちを忘れませんように!!そして健康な体で育ってくれますように!!

「お祈りやお願い事より、感謝のお参りを!」

と、皆様にいつもはお勧めしている私ですが、この日だけは、ついついお祈り・お願い事をしてしまいました。でも、感謝あっての願い事だから、こういうのもいいでしょう。と、自分に言い聞かせています。

 

 

 


 

復活!林間学校!!  2009年8月28日更新

今年の夏、温泉寺での林間学校が何十年ぶりかに復活しました。

テーマは2つありました。母親のありがたみを改めて知ること、エコロジー重視の生活体験をすること。これを基本の柱に、1泊2日、近所の子供たち22名と私との、林間学校が始まりました。

 

母親の有難み、家庭の有難みを改めて知るということで、保護者の参加やお手伝いは一切禁止。全て子供たち自身で挑戦してみるという企画。しかもエコロジー重視で。

無謀とささやかれた企画でしたが、成功も失敗も全て良い想い出になるだろうという、極めて楽観的な考え方のもと、まずは本尊様に全員でお参りし、食事作りを始めました。

晩御飯は、季節の野菜の煮物にご飯と味噌汁。プラス漬物。全て炭火を使い、自分たちだけで作ることができました。そのかわり、時間はかかりました。包丁を使えない小さな子は、一生懸命水を汲んできて、お米をといでくれました。お湯を沸かして番茶も作ってくれました。そして野菜以外の唯一のご馳走、油揚げをこんがり焼いてくれました。駄目でもともと、失敗して当たり前という思いでしたが、みんな真剣にやってくれたおかげで、何とかなりました。

 

「ナス嫌い〜。」「ナスだけは勘弁して〜。」「漬物はたくあんしか食べれない〜。」などと言っていた子も、食事のときはしっかり食べていました。キューリの浅漬け、次の日用に漬けたこうじ味噌漬けも、しっかり食べてくれていました。自分たちで作った料理は、質素でも、見た目が悪くても、やはりおいしいようです。

 

家庭ではいつでも、お母さんかお婆ちゃんの手により、当たり前のようにご馳走が出てくる。しかも、与えられる量も充分に確保されている。

スイッチを入れれば電気がつく。蛇口をひねれば水が出てくる。これらも当たり前の生活です。

林間学校では、この当たり前ができませんでした。でも、たった1泊2日です。子供たちは逆に、非日常を楽しんでいるようでした。理由は、自分だけではなく、そこにいるみんなが同じ境遇だからです。自然に仲間意識も芽生えたのでしょうか、普段一緒にいることの少ない6年生と1年生の子でも、下は上を慕い、上は下の面倒をみるという姿勢で仲良くやっていました。

 

釈尊の時代に、このようなお話があります。

 

あるお金持ちの長者が、大工さんに2階を作るよう頼みました。

大工さんは早速、1階部分の基礎を作り始めます。

ところが長者は突然怒り始め、こう言いました。

「1階はいらん!2階を作れ!!」と。

 

とんちではありませんが、実際、1階部分がないと2階は存在しないですよね。

 

思うに、私たちは常に2階のフロアで生活をさせていただいているような気がします。

2階で優雅に暮らすその下、1階部分には誰がいるのでしょうか?

命をつないでくれたご先祖様。育ててくれた両親や恩師。励ましてくれる友達や、ご近所様。また、私たちの活力となる動物や植物の命。などなど・・・。

1階には数え切れないほど、私たちを支えてくれているものがあると思います。その大切な大切な存在に気づくか気づかないかで、2階での生き方が随分変わってきます。

 

何も知らないまま、2階で安穏と自由気ままに暮らすのか。それとも感謝を知り、自らも1階のフロアに降りてきて誰かのお役に立てるような生き方をするのか。

私には、「こうしなさい!」などと他人様に申し上げる資格もありませんが、私も含め、これから生きていく子供たちには、是非とも後者であって欲しいと願っています。

 

最後になりましたが、林間学校の食事の後片付け、洗い物を毎回すすんで完璧にこなしてくれた6年生の女の子たち、自分のできることを精一杯努力してくれた1年生から6年生までのみんな、本当にご苦労様でした。おかげで楽しい想い出ができました。ありがとう!!

 

また、無謀で質素とわかっていながらお子さんを参加させて下さった各御家庭の皆様、慣れない炭火で火傷をしても黙ってくれていた親御さんなど・・・、本当に有難うございました。

 


 

雨の日の花  2009年5月17日更新

 今日は1日中、雨が降っていました。雨が降ると、いつも思い出す詩があります。

 

 高田敏子さんの「雨の日の花」という詩です。

 

     雨が降っている。

     花は咲いている。

     花の上におちる雨。

     悲しんでいるのは、雨だった。

     花をよけて

     雨は降ることが、できない

 

 温泉寺の裏、「楓月庭」のシャクナゲが、雨の降る中、可憐に花を咲かせています。自分がシャクナゲなら、どう思っているだろうか?逆に、自分が雨だったら、どう思っているのだろうか?と考えてしまいます。

 

 きっと、私がシャクナゲなら「痛い!冷たい!雨は少しでいいから、早くやんでくれ!」と叫んでいます。

 きっと、私が雨なら「我慢しろ!誰のおかげで生きてると思ってるんだ!」と上から目線で跳ね除けています。

 

 高田さんの詩には、そのどちらでもない、温かさを感じることができます。悲しんでいるのは、雨だったなんて・・・。この視点の違いに、私は強い衝撃を受けたことを今でもよく覚えています。でも、私がシャクナゲなら、この雨の悲しみは理解できていませんでした。ずっと誤解していることでしょう。高田さんの詩は、更にこのように続きます。

 

     花は咲いている。

     雨のこころをいたわり、受け止めて

     花びらに、雨のこころを光らせて

     花は咲いている。

 

 こうして花も、雨の悲しみを理解し、受け止めている。そしてお互いがその存在を認め合い、共存共生している姿は、とてもほほえましい光景だと思います。

 

 考えてみると、私たち人間も、人と人との繋がりの中において、こうして生きていくべきだと思いますが、やはり片方どちらかが誤解してしまうと、たちまち信頼関係は崩れおちていきます。更にもう片方も誤解を生じることとなり、修復不可能な関係になりかねません。

 

 実はこの私も、このような修復不可能な人間関係に陥ってしまったことがあります。しかも、温泉寺にとって非常に大切な方とです。歯車が合わなくなって約1年9ヶ月。この間は非常につらいものでした。相手の方が重い病気を患われ、ついにお会いすることもできなくなりました。しかし相手の方のご親族のご配慮で、先日、ご本人ではありませんでしたが、ご親族の方に、ご無礼とご迷惑に対する謝罪をすることができました。それで相手の方が納得されたとは思いませんし、私自身一生この苦い経験を背負って生きていかなければなりませんが、とにかくこちらは前を向いて歩んでいけるスタンスになったわけです。

 

 だからこそ、高田敏子さんの「雨の日の花」は、私にとって忘れられない詩ですし、決して忘れてはならない詩です。もっと早く、この詩に出会っていれば・・・なんて、あとの祭りなんですけども・・・。

 


 

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