温泉寺茶話

温泉寺の宏観和尚が、日々の出来事や、ちょっとしたお話、法話などを綴っていきます。

決意新たに!  2012年4月2日更新

気仙沼市・地福寺境内「祈りの広場」より海を望む。

海岸には墓地があり、変わり果てた墓地まで竹灯篭をともし、お参りされる方が多数みえました。

 日本赤十字社の炊き出し専用釜二基を借りて、建長汁400食のできあがり。

地福寺女性部の皆さまにもご協力いただきました。

 (子供さんへ向けて綿菓子。風船細工ボランティアの方のお隣で)

昨年末、先代住職が遷化致しましてから、何となく気持ちに張りが出ず、お正月、本葬、初午祭、薬師祭、お彼岸と、目まぐるしく続く行事も、ただその場その場を何とかしのいできただけのような感じがします。

 

そんな中、私自身が反省せずに居れない一方、たいへんな勇気を与えていただけたのが、東日本大震災1周忌法要でした。昨年11月の紅葉ライトアップにて期間中3回のチャリティーコンサートを開催致しましたし、予てより下呂にて周囲の皆様方よりお預かりした義援金や善意を、被災地へ直接お届けしたいと考えておりました。

 

大先輩の宮城県・禪興寺様にご相談申し上げましたところ、震災後に私どもが瓦礫の仕分け撤去作業を少しお手伝いさせていただきました、気仙沼市・地福寺様での1周忌への参加要請をいただきました。具体的には、3月10日のお逮夜法要・震災メモリアル「鎮魂の夕べ」にて、参拝なさるご遺族の方や、大勢の学生ボランティアの皆さまに建長汁(ケンチン汁)を炊き出しして振る舞ってもらえないか、という要請でした。

 

喜んでお引き受けし、総代さんや役員さんと協議の結果、これまで大震災関連行事を共に作り上げてきた若手の仲間も含め、合計10名で気仙沼へ出向することになりました。結果、ケンチン汁400食の他、子供さん向けに綿菓子も提供させていただくことができました。

 

10ケ月ぶりの気仙沼市でしたが、港周辺は瓦礫こそ片付いているものの津波被害による廃墟が相変わらずそのまま立ち並んでおりました。「復興」という文字が本当にほど遠く感じられました。地福寺様周辺も瓦礫は取り除かれておりましたが、何も無くなった所に、何とか修復なさった本堂がポツンと淋しそうに建っていました。何も無くなった境内に「祈りの広場」を設けられ、観音様が海の方を向いておまつりされていました。

 

私たちは境内の「祈りの広場」にて炊き出しをさせていただきましたが、地福寺様の役員さんや、女性部の皆様方が、ご自身もそれぞれ被災なさってたいへんなご不幸に遭われている中で、献身的にお手伝い下さり、その前向きなお姿に感銘を受けました。

 

綿菓子ブースでは、地元・階上中学校の生徒が10人ほど集まってくれ、「今日は卒業式でした。遠くから来てくれてありがとう。」という言葉をかけてくれました。遠目にその子たちを見ていると、ふざけあったり、じゃれあったりして、どこから見ても普通の中学生なのですが、津波で亡くした友だちや親族に対して、一生懸命手を合わせていました。彼らもそれぞれにいろんな想いを交錯させながら、これまで一生懸命過ごしてきたのだと思います。

昨年は震災直後、10日遅れでの卒業式で、梶原裕太君があまりにも立派な答辞を述べてくれました。(前回の茶話にて紹介させていただいています)その後輩にあたる子供たちでしたから、きっとしっかり前を向いて、この世の大自然と真摯に向き合って生きていってくれることと思います。

 

お逮夜法要「鎮魂の夕べ」のクライマックスに、地福寺ご住職の法話を拝聴しました。

冷酷な言い方かも知れませんが、私たちはこの世に生きている限り、必ず命の終焉を迎えます。自然災害や事故だって、何処にいても遭遇する可能性があるんです。しかしながら、どんな境遇にあっても、めげない!逃げない!くじけない!とにかく前を向いて歩んで行こうじゃありませんか!」

同じく被災なさった地福寺様の熱いメッセージに、参拝なさっていた全ての方が涙しながらうなづいておられました。

 

3月11日、1周忌を迎えて多くの被災者の皆さまが、また改めて復興の第一歩を歩みだそうとしておられます。その姿勢にわが身を振り返るとただただ反省です。一方で折角授かったこの命を決して無駄にすることなく、いつ死が訪れても後悔しないよう誠実に生きていかねばならぬと思います。自分自身の命を寿ぐことができますように!(命の終焉=死=寿命=命を寿ぐこと)

 

四月は新たな門出の季節です。振り返りますと私が温泉寺に入山して丸10年が経ちました。当時小学校2年生だった近所の子も、遠方の大学へ発ちました。嬉しいような淋しいような・・・。

昨日は舞妓として門出を迎えたお二人が、温泉寺にお参りに来てくれました。それぞれに決意を新たにして頑張ろうとしている姿を見て、こちらも励まされます。

 

どうか皆様方の弥栄を祈念申し上げます。

大勢の方に見守られ、一生懸命舞って下さいました。

左より菊乃さん、雛乃さん。今後のご活躍を祈っています!


 

天を恨まず・・・「祈りの夕べ」  2011年12月1日更新

(温泉寺周辺の元気な子供たち)

(東日本大震災「祈りの部屋」から見る紅葉)

(祈りの夕べ〜被災地より法話「無常を生きる」〜

宮城県禪興寺住職、梅澤徹玄師)

 

11月中旬、温泉寺は多方面の方々によるご協力のもと紅葉のライトアップを開催しました。今回で9回目を数えます。

 

今年はご承知のとおり、震災による節電励行の社会の中、甚だ不謹慎なことだと、開催に関して随分迷いがありましたが、折角ここに足を運んで下さる方に何かを感じとっていただける機会になればと、「震災を忘れない!祈りの夕べ」というサブタイトルをつけ開催にこぎつけました。

 

例年の如く、温泉寺境内の建造物は全て拝観可能に開放しますので、それにかかる準備、外のライト設置から掃除、特設足湯準備など、多くの方のお力添えをいただきました。それに加えて、今年は先の東日本大震災で起こった現実に今一度目を向ける機会にしたいと思い、更に多くの皆さまのご協力を得ることができました。

 

当方の想いを汲んで破格の謝礼にて快くチャリティー公演に応じて下さった歌う行商人・富安秀行さん、バイオリニスト・黒田かなでさん、ユーフォニアム・照喜名俊典さん、モンゴル馬頭琴ホーミー奏者・岡林立哉さん、アボリジニー古典楽器ディジュリドゥ奏者・稲垣遼さん、そして地元で頑張る人気者のオジサンフォークグループGoo連帯の皆さん、本当にありがとうございました。まさに東北を、被災地を想う公演を3回に渡り熱く繰り広げていただきました。今後は被災地東北へそれぞれご出向なさるとのこと、きっと現地の方々もお喜びになり、心に癒しを感じて下さることと思います。

 

とにかく無我夢中で企画実行してしまったため、こうして振り返りますとお1人お1人が完成されたプロのアーティストで、たいへんな方をお呼びたてし、おこがましい割に充分なご歓待もできず、申し訳ないことでした。この場をお借りし、お詫びと共に感謝を申し上げます。

 

また、このチャリティー公演に際しましてご来場の皆さまからは心温まる義援金を頂戴しました。衷心より御礼申し上げます。

 

さて、もう1つ、このライトアップ開催が良かったか、それとも自粛すべきだったかどうかを評価するバロメーターにしていたのが、私どもの業界(所謂お坊さん)の法話でした。

普通、坊さんの話なんかつまらないし、聴きたくない!っていう方がほとんどで、是非お寺の坊さんの話を聞きたいと普段から思ってみえる方はいないんじゃないかと思います。お金をもらえるなら聞くけど、お金を払ってまで聴こうとする人は、更にいないと思います。

 

ところが、プロアーティストの公演と同様、当日は100席が満席になりました。法話をして下さった和尚様は、被災地宮城県の禪興寺住職、梅澤徹玄師で、未熟者の私の大先輩であります。

 

師はご自分のお寺も被災されているなか、積極的に沿岸部の大津波による被災地域復興支援活動を続けておられます。私が被災地へ赴いた際にもボランティア環境を整えて下さり、本当に助かりました。その御縁もあり、今回の法話による祈りの夕べにお招きしたのです。

 

ご自分の被災経験を通して「無常の世の中を、どう生きていくべきか」を懇切丁寧にお話して下さいました。お話の結びに、大震災から11日目、気仙沼市立階上中学校卒業式で、卒業生代表の梶原裕太君の答辞を紹介して下さいました。涙の出る内容で、全文をご紹介したいのですが、一番心に突き刺さったのは、この部分でした。

 

階上中学校といえば「防災教育」といわれ、内外から高く評価され、十分な訓練もしていた私たちでした。しかし、自然の猛威の前には、人間の力はあまりにも無力で、私たちから大切なものを容赦なく奪っていきました。天が与えた試練というには、むごすぎるものでした。つらくて、悔しくてたまりません。

 

時計の針は14時46分を指したままです。でも、時は確実に流れています。生かされた者として顔を上げ、常に思いやりの心を持ち、強く、正しく、たくましく生きていかなければなりません。命の重さを知るには、大きすぎる代償でした。

 

しかし、苦境にあっても、天を恨まず、運命に耐え、助け合って生きていくことが、これからの私たちの使命です。

 

私たちは今、それぞれの新しい人生の一歩を踏み出します。どこにいても、何をしていようとも、この地で、仲間と共有した時を忘れず、宝物として生きていきます。

 

後輩の皆さん、階上中学校で過ごす「あたりまえ」に思える日々や友達が、いかに貴重なものかを考え、いとおしんで過ごして下さい。

〜前後省略〜

 

私はこれまで、釈尊から伝わる仏教寺院の坊主の末端だと自分自身を位置付けてきましたが、たいへんな自意識過剰な思い違いだったことが判明しました。15歳のたくましい青年にまざまざと教えられました。

「諸行無常だからこそ、生かされていることに感謝して、今を懸命に生きよう!」だとか、「助け合って生きていかなきゃいけない!」だとか、「当たり前は、一番幸せなことなんだ!」などと申し上げてきましたが、私の言葉は嘘で、梶原君の答辞は本物です。

 

自分が実際に大震災を経験してからたった10日後の言葉で、仏教の全てを語っています。更に大きなポイントは「天を恨まず、運命に耐え・・・」ですね。

私の苦手な「持戒・忍耐・精進」(がまんすること・受け入れること・努力すること)の大切さを懸命に説いてくれています。(本当にこの部分は苦手なので、私自身、皆さまの前で申し上げたことはありませんし、申し上げることができません・・・)

 

梶原君は歯を食いしばり、天を仰ぎ、涙をこらえながら一言一言を精一杯伝えたそうです。辛い現実から目を背けず、懸命に乗り越えようとする魂の叫びだと思いました。

 

自分の甘さを反省せずにはおれない、本当に衝撃的な法話を拝聴させていただきました。私だけではなく、100名もの方たちが耳を傾けて下さっていたことに幸せを感じました。「祈りの夕べ」は勿論のこと、ライトアップ自体開催して良かったと心から思いました。

 

禪興寺さん、そしてお会いしたこともありませんが、現在高校生として懸命に生きてみえるだろう梶原君、本当にありがとうございました。

そして当ライトアップにご協力・ご協賛いただきました地域の皆さまに、改めて御礼申し上げます。

 

(祈りのディジュリドゥ〜稲垣遼さん〜

被災物故者に対し般若心経・薬師経奏上)

(ライトアップ最終日恒例、湯の花芸妓連、奉納舞踊)


 

紅葉ライトアップ「祈りの夕べ」  2011年10月18日更新


 

当たり前の有難味  2011年9月2日更新

今年のお盆は日本国民にとって特別なお盆でした。東日本大震災により命を落とされた何万人もの方々の初盆だからです。

 

といっても私どもにできることは、ただご冥福をお祈りすることと、一日も早い復興を祈ることだけでした。10日のお精霊迎え「千燈会」、15日の灯篭流し・川施餓鬼、18日の山門施餓鬼会は、被災物故者のご供養に加え、今ある命のありがたさを痛感する機会になりました。例年よりも格段に多かった参拝者1人1人が、しみじみと命の尊さを感じて下さっていました。更にいえば、「当たり前」で居れることのありがたさを考えさせられる機会になりました。

 

昭和54年、32歳の若さで逝去なさった井村和清さんに「あたりまえ」という詩があります。

 

あたりまえ

 

こんなにすばらしいことを みんなは何故喜ばないのでしょう。

 

あたりまえであることを。

 

お父さんがいる。 お母さんがいる。

 

手が二本あって、足が二本ある。

行きたい所へ 自分で歩いて行ける。

 

手を伸ばせば何でもとれる。

音が聞こえて 声が出る。

 

こんな幸せ、あるでしょうか。

しかし、だれもそれを喜ばない。

当たり前だと、笑ってすます。

 

食事が食べられる。

夜になるとちゃんと眠れ、そしてまた朝がくる。

 

空気を胸いっぱいにすえる。

笑える、泣ける、叫ぶこともできる。

走りまわれる。

 

あたりまえのこと。

こんなすばらしいことを、みんなは決して喜ばない。

それを知っているのは、それをなくした人たちだけ。

なぜでしょう。

あたりまえ。

 

 

本当に私たちは今こそ「当たり前」で居れるありがたさに感謝すべきだと思います。ついつい忘れてしまうことでありますが、実はこれが最大の幸福なのだと思います。

 

温泉寺は、これから11月の紅葉シーズンの準備に入ります。ライトアップ期間中はたくさんの催しが開かれ、1年で1番賑わいます。それと同時に今回は、ご来場なさった方みんなが、命の尊さを感じ、「当たり前」の有難味に触れていただけるような紅葉ライトアップになればと思います。

 

先の見えぬ東北復興を応援するためのチャリティーコンサート、祈りの燈など、寺ならではのライトアップになろうかと存じます。原則入場無料、是非お気軽にお越し下さい。


 

身近な東北(百日忌)  2011年6月26日更新

(被災物故者百ケ日法要) 

(下呂温泉から避難所へ温泉が届けられました)

 

 先般、6月19日(日)は温泉寺の檀信徒総会でした。通称「檀信徒の集い」とよんでおりますが、6年前より会計報告や意見交換の場として、また余興や懇親の場として毎年開催しています。要するに、寺と檀信徒の皆さんとの距離をできるだけ近づけていこうという役員さん達のねらいです。

 

 あまり堅苦しくないように気軽に参加していただけるよう、去年は下呂温泉の誇るべき文化の1つ、湯の花芸妓衆の舞を本堂にて奉納いただきましたし、一昨年はコンサートを開催しました。

 

 さて、今年はどうしようか?と考えておりましたら、役員さんから素晴らしい提案をいただきました。「東北にこだわろう!」と。

 

 実は温泉寺の石段を降りたところにお住まいのお宅に嫁いできておられる奥さまは、岩手県陸前高田市の方で、実家や家族を津波で亡くされています。また、そのすぐ先の薬局の御主人は、福島県郡山市の方で、やはりご実家は地震による被害に遭われ、今は原発問題に揺れておられるらしいのです。お二人とも温泉寺と同じ町内にみえる方なので、やはり遠い東北地方の話ではなく、とても深刻な悩み、突然の悲劇による深い心の傷は、すぐ身近なところにあるんだと改めて感じます。

 

 奇しくも6月19日という日は震災からちょうど100日目ということもあり、被災物故者の追悼をさせていただくことになりました。そして懇親会は自粛すべきところかも知れませんが、敢えて東北地方の材料を使って行いました。(酒10升東北各地のもの、岩手産ひとめぼれのおにぎり、秋田産ハタハタの炭火焼、宮城産笹かまぼこ、仙台味噌の味噌汁、お茶菓子は福島県郡山市のお饅頭・・・など)たった60名分ですが、約150匹のハタハタの炭火焼は圧巻でした。

 

 呑むことばかり考えていた訳ではありませんが、みんなで東北を想って焼香して、被災地の写真を見て、現地へ温泉を運んだ配湯ボランティアの方のお話を聞いて、東北の魚の匂いをかぎ、それを賞味する。まさに五官をフル回転させて東北を感じた檀信徒の集いとなりました。被災なさった方々にとりましては、あまりにも軽率な発想で、ご無礼なことかと存じますが、参加者は私を含め、改めて命そのものを考える機会になりました。

 

 6月10日の新聞に、花谷清さんという方の俳句が紹介されていました。

 青くるみ 死者は生者の 内にのみ

 

 この句に長谷川櫂さんがこのようなことを綴っておられます。

 死者とは肉体を失った人。その死者は生者の記憶のなかにしか存在しないというのだ。この句を読んで今回の大震災で亡くなった多くの人々を思った。家族ごと亡くなった人を誰が記憶にとどめるか。肉体を失うことは、かくも切ない。

 

 本当にその通りだと思います。仏教哲学では、本来存在しないものが仮に肉体となって出現しているだけで、死もなく生もなく、善もなく悪もなく、喜もなく憂いもない・・・(浅学故に甚だ浅はかな解釈ですが)表面的にはこのような具合ではないかと思います。しかし実は、この世に生れてきた以上、自分の死とどう向き合うか、或いは他人の死に対してはどう向き合うか、ということを問いかけているのではないかと思うのです。

 

 

 他の死に対する追憶の念、追悼の念、要するに「忘れない!」ということが、「当たり前に命あることのありがたさ」を感じさせてくれ、生きる喜びを感じさせてくれる。これが命を寿ぐことであり、やがてやってくる自分の死に対して素直に向き合うことができる大切な要素ではないかと思います。

 

 青くるみ 死者は生者の 内にのみ

 

 今一度、このたびの大震災にて命を失われた方々のご冥福をお祈りし、被災なさった方々に対しまして心よりお見舞い申し上げます。


 

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