温泉寺茶話

温泉寺の宏観和尚が、日々の出来事や、ちょっとしたお話、法話などを綴っていきます。

温泉寺、染まってます!  2010年11月6日更新

いよいよ温泉寺周辺のモミジが色づいてきました。観光客の方たちの御来訪も普段より増えています。(通常拝観無料・自由参拝形式・日の出より日没まで)そんな中、ライトアップの準備、特別拝観の準備などが着々と進んでいます。(ライトアップ期間中は日の出より午後9時まで。勿論入場無料。)

禅の言葉に「無賓主」という言葉がありますが、まさに字の如く、賓客も主人も無く、みんなが楽しめる世界、癒される世界が「温泉寺周辺紅葉ライトアップ」です。準備段階ですが、みんな楽しみながら準備を進めています。今回はこの「温泉寺周辺紅葉ライトアップ」が、どれだけの方々のホスピタリティー(おもてなしの心)で成り立っているのかを、簡単にご紹介します。

 

モミジ周辺の下刈り

  モミジそのものの手入れ、周辺の草刈りなどを、知らない間にやって下さるおじさん達。おかげで境内の庭園、裏参道、湯之島坂はきれいスッキリ。どこかの公園にきたかのような感覚です。もみじ鑑賞、また写真を撮られる方も、気持ちよくお過ごしいただけます。

宣伝、後方支援

  この行事の宣伝、ポスター、チラシ製作及び、マスコミや旅行会社への広報など、下呂温泉観光協会様、下呂市観光商工部、観光課の皆さまのご支援により、多くの方に温泉寺周辺紅葉ライトアップが周知されてきました。お1人でも多くの皆さんにお楽しみいただけると幸いです。

特設「もみじ足湯」

  下呂温泉集中管理事務所の事業組合様、旅館組合様のご好意で、夜の寒さで冷えた体を温めてもらおうと、毎年この時期だけ足湯が境内に登場します。おかげで紅葉ライトアップと足湯のコラボが実現。体も心も温めてもらいながら、モミジを鑑賞していただけます。

押花絵ギャラリー

  書院拝観のお客様に、より一層秋の風情を感じていただくために、地元「押花アトリエ花遊び」の皆さんが、ご自分たちの作品を展示・演出して下さいます。テーマは「秋」ですが、内容は毎年違います。温泉寺の書院を明るくして下さいます。

山月流活花と、秋の巨大活花アート

  毎月温泉寺で開催されている山月流活花教室の皆さんによる、秋の活花。書院内の各所に展示され、古びた書院に彩りを添えて下さいます。

  また、本尊薬師如来の宝前には、飛騨特有のツルウメモドキの大作、また秋の木々を巧みに使った巨大活花アートをお供えいたします。両方お1人の方がそれぞれ奉仕で製作し、お供えして下さいます。見ごたえ充分ですよ。

温泉寺オリジナルしおり

  温泉寺無相教会のおばさん達の手による「温泉寺のモミジ栞」。温泉寺のモミジを材料にして押花したあと、手作りの台紙とラミネートしました。上部にリボンをつけて完成です。今年は700枚作っていただきました。数に限りがあるため、全員にお持ち帰りいただけないのが残念ですが、ご朱印のお客様や、ご協賛いただいたお客様にプレゼントします。

足元を照らす竹行燈(あんどん)

  夜間の裏参道はライトアップされていますが、足元は古道の石畳。お客様の足元の安全確保のため、若手の実行委員会メンバーで竹細工し、合計50基の竹行燈が並びます。安全確保以上に、暗がりの古道を優しく照らす、情緒豊かな道しるべです。

ライトの設置、誘導、案内

  基本のライト設置、配線作業から、期間中のお客様の誘導案内、全て実行委員会でまかないます。実行委員会は全員地元ボランティア有志20名の皆さんです。実行委員長を除けば平均年齢36歳。寒さに負けず頑張ります。

癒しのコンサート

  今年は期間中3回のコンサートを開催します。ライトアップされた境内の静寂に、優しい音色を加えて心を温めて下さいます。13日は「ハープ」、20日は「クラリネット」、22日は「筝曲と尺八」、忙しい時間を割いて、温泉寺のお客様のために入場無料で演奏して下さいます。

  また、コンサートに関わる準備、音響設備等も、奉仕いただいています。

歓迎セレモニーと謝恩セレモニー

  地元の方々によるお客様への歓迎セレモニーとして、21日には紅葉茶会が開催されます。しかも亭主は地元の小学生。子供たちのお手前で、14時から15時までは無料で抹茶を一服堪能していただけます。

  また、最終日23日14時からは、地元「湯之花芸妓衆」による奉納舞踊をご覧になれます。お客様への感謝のセレモニーとなります。温泉地ならではの文化をお楽しみ下さい。

さりげない協賛

 温泉寺のお隣の旅館「ゆらぎの里・ひだ山荘」様は、ご自分の旅館のお客様のために毎年湯之島坂のモミジ並木をライトアップされていますが、だんだんライトの量が増え、今年はついに温泉寺境内にかかるモミジまでも照らす準備がなされています。ありがたいです。また、ご自分の旅館に宿泊するお客様でない方にでも、何かと親切に対応していただいています。(駐車場の案内やら、トイレやら・・・)私どもの知らないところでいろいろご迷惑をおかけしていますが、文句一つおっしゃることなく、とても感謝しています。

 

以上、乱雑ですが思いつくまま記してみました。かなり省略させていただいていますが、とにかく全て手作りの行事です。是非、下呂温泉の方々のおもてなしの心に触れていただきたいと思います。そして短い一生を美しく散りゆくモミジたちを、みんなで愛でたいと思います。お客様も地元の皆さまも、みんなで秋を楽しみましょう!!

 


 

外国人に学ぶ  2010年8月29日更新

温泉寺の夏は、とても長いです。というより、住職だけがそう感じているだけなのかも知れませんが、長いだけではなく、内容もとても充実しています。

 

境内の庭木の剪定から始まり、8月は毎日早朝坐禅会、下呂温泉祭り(温泉感謝祭)、お盆行事をこなして、地元子供会の林間学校(1泊2日)が終わると一安心。ようやく落ち着きを取り戻しています。この文章を書いている今日も、1泊2日で地元中学校のバレーボール部の合宿が温泉寺で開催され、表では保護者の方が炊事の準備に追われているみたいです。とにかく、寺が賑やかなことは、とても良いことだと思います。葬儀や法要も大切なことですが、それ以外で寺が賑やかだと、まるで寺自体が生き生きとしているように感じます。それに、こんな山奥の古びた寺で寝泊まりして、翌朝はお勤め・坐禅・掃除をこなしてくれる子供たちにとっても、まあまあ良い経験になるのではないかと考えます。普段、寺という所は静かすぎるので、淋しがり屋の住職にとってもたいへん喜ばしいことであります。

 

それなりに充実していて、私自身も充分に楽しませてもらった夏でしたが、その中で特に印象深かったことは、外国人の方との坐禅や茶の湯体験でした。8月前半の早朝坐禅会は、観光客の中でも特に外国人の参加者が多かったです。金色の髪の毛で、明らかに外国人とわかる方もいれば、私たち日本人と同じ外見の方もみえました。後者はやはり中国・台湾、それから東南アジアの方たちです。それらの方とは、私自身「外国の方」だという認識をしていないまま、般若心経をお唱えし、坐禅の説明の後、静かに坐ります。私は少々お経文をお唱えする他、日本語以外に外国の言葉は一切話せません。(里の母親は一応、高校の英語教師でしたが・・・)ですから外国の方がみえても、「ここは日本だから!」ということで、日本語でしか対応しません。というか、対応できません。でも、坐禅は万国共通。言葉が通じなくても、一緒に坐ることができます。皆さん、私の動作をしっかり観察して姿勢を正し、坐禅をして下さいます。

 

また、8月6日には下呂市内の中学校の関係で、アメリカのペンサコーラという所から、中学生やその保護者の方が、30名ほどお越しになりました。日本の文化に触れていただくことを目的とし、坐禅や茶の湯を体験していただきました。地面に坐るということ自体が非日常的で、皆さんそれぞれに雰囲気を味わっていただけたのではないかと思います。抹茶もどこかでいただいてみえたらしいのですが、自分で抹茶をたてることは初めてだったようで、慣れない手つきで一生懸命抹茶をたて、お客様に丁寧に御出しすることができました。

 

坐禅にしろ、茶の湯にしろ、その心構えなどを丁寧に指導することは私にはできませんが、それでも充分外国の方たちは理解して下さっていると思うことが1つだけあります。

 

皆さん共通してご挨拶される時には、必ず合掌・手をあわせて下さいます。また、正座の時には必ず地面に額を当ててご挨拶下さいます。

 

その丁寧な作法に一瞬私はとまどいながら、「ここはお寺だから当たり前だな。」と納得するのですが、実は同時に、ただ頭を下げているだけの自分がいました。少し経ってようやく自分の不作法に気づくのです。

 

坐禅は「自分の心を拝むこと」。挨拶は「相手様の仏心を拝むこと」。禅寺ではそう説いています。茶の湯も同じことです。ところが、その禅寺の住職が一番できていないという事実を知りました。インドの常不軽菩薩は、生涯にわたって常に出会う方全てを拝み続けられました。仏像よりも何よりも、今生きている人たちの心に対して手を合わせ続けられたのです。

 

日本人同士ですと、或いは特に親しくさせていただいている方たちとは、ついつい横着になってしまっている自分がいますが、仏教徒である以上、そして曲がりなりにも一山の住職である以上、相手様の仏心を拝み続けることぐらいは、相手を問わず実践すべきことと、今さらですが改めて気付かせていただいた次第です。全く基本中の基本を、外国人に教わりました。


 

ハチドリのひとしずく  2010年7月2日更新

先日、温泉寺の檀信徒総会にて下呂温泉の誇る芸妓さんに、奉納舞踊をしていただきました。下呂温泉ゆかりの演目には、必ず本尊・薬師如来が登場します。(しらさぎ伝説)

 

私たち人間は、目と耳でいつの時代もその舞を楽しむことができますが、肝心の本尊様はご覧になったことがあるのだろうか・・・?と、常々思っておりました。すると一昨年でしたか、ある方から昭和元年当時の温泉寺の写真を拝見させていただきました。そこには茅葺屋根の本堂の前で踊ってみえる芸妓衆20名の姿がありました。なるほど、昔はこんなにおおらかだったんだな・・・と平和を感じるのと同時に、やはり薬師如来に対して誰もが敬虔な気持ちで信仰なさっていたんだと、改めて感じました。

 

その素朴な光景の復活は、昨年の下呂温泉まつり最終日の温泉感謝祭でした。観光協会様や旅館組合様などのご尽力でその光景を目の当たりにし、温泉場ならではの伝統文化に触れることができました。また、それを下呂ゆかりの寺でしていただいたことに対して、すごく有意義に感じました。

 

是非、この光景を大切にしたいと思い、今年は本堂内で奉納していただきました。いいものですねぇ〜。檀信徒の皆さんの他、偶然境内にみえた観光客の方たちにもご覧いただき、多くの方から好評を得ました。

 

今、日本は次々と新しい歴史を作り上げています。先日のサッカーワールドカップの日本代表チーム、宇宙に飛び出す宇宙飛行士さんたちなど、いろいろな分野で活躍なさっている方たちに、同じ日本人の私たちは感動をもらい、日本人としての誇りを感じることができます。

 

私自身もそういうヒーローになりたいなぁ、でも自分には無理だなぁ、などと思いながら、じゃあ自分には何ができるかということを、いつも考えています。実際何も生産することができず、何も修理することができず、何も残すことができず、誰の助けもできず、何にも役に立たないのが、今の私の現状です。最近は家族にもよく言われてしまいます。家庭の役にも立たないうえ、僧侶の衣を身に纏いながら、やってることは破戒そのものですから無理もないですけれど・・・。

 

考えれば考えるほど、自分は何のために生きているのかと、不安になってしまいます。でもそんな時、卑屈になっている自分を立ち直らせてくれる本に出会いました。2・3年前にもこのページで紹介させていただいたことがあります。

 

ハチドリのひとしずく  

〜いま、私にできること〜

監修・辻 信一   光文社

 

森が燃えていました。

 

森の生きものたちは、われ先にと

逃げていきました。

 

でもクリキンディという名のハチドリだけは

いったりきたり

くちばしで水のしずくを一滴ずつ運んでは

火の上に落としていきます。

 

動物たちがそれを見て

「そんなことをして いったい何になるんだ」

と言って笑います。

 

クリキンディは こう答えました。

 

「私は、私にできることをしているだけ。」

 

このお話は南米アンデス地方に伝わるお話で、ハチドリとは、体長10センチほどの小さな鳥です。こんな小さな鳥のくちばしで運べる水の量は、ほんの僅かです。一見無駄なように思えるこの努力が、実はとても大切なことなんだと教えてくれています。 一人の努力が共感をよび、一人増え、二人増え、もしかしたら森の大火事が鎮火する可能性だってあるんです。

 

しかし解説によると、このハチドリの勇敢さや無限の努力のすばらしさだけを物語っているだけではなく、他の動物たちはそれぞれの家族を守ることを頑張っていたのかもしれない、水で火を消すことを知らずに他の方法を考えていたのかもしれない、仲間と離れずお互いを励ましあっていたのかもしれない・・・つまり、何が良くて何が悪いという問題ではなく、みんなそれぞれに生きている意味があって、無駄な努力などない!それぞれの立場でできることを精一杯やればいい!という結論です。

 

このお話はまさに自分のためのお話だと、たいへん私は勇気をもらいました。この社会の中で自分にできることは、ほんのわずかなこと。というより迷惑をかけることのほうが多いかも?と思う中で、その自分にも生きる意味が充分にあるんだと、素直になることができました。

 

新しい歴史を作り上げていく人達も勿論のこと、温泉寺で踊って下さった芸妓さんのように、日本独自の伝統文化を伝えて下さる方たちも、また、それに共感して下さる方たちも、みんな素晴らしいと思います。私も一緒に喜びを感じることができるだけで、何もできずとも幸せを感じます。サッカー日本代表が惜敗し残念だと、一緒に悔しさを感じるだけで、幸せを感じます。

 

この小さな幸せを教えてくれたのが、「ハチドリのひとしずく」でした。

 

 

 

 


 

翠の松・白い象さん  2010年5月28日更新

 下呂へまいりまして9年目の春を迎え、もう梅雨の時期にはいろうとしています。今年は杉や檜の花粉が少なく、所謂アレルギー性鼻炎の私には、とても楽な春でした。(下呂へ来てから花粉症になりました。これだけ周りに杉や檜があれば、当然でしょうが・・・)

 

 やれやれ花粉の季節も終わったな〜と、安心していましたが、ここ3日間、また症状が出始めました。原因は松だと思います。松だけは相変わらずの量のようで、私の体調の変化とともに、本堂の机や、吹きさらしの廊下が黄色くなっています。毎朝きれいに拭いても、風のある日は昼ごろには、また黄色くなります。

 

 温泉寺には、モミジや楓、大きく育った杉・檜のほか、シンボルともいうべき松が境内のいたるところに聳え立っています。倒れてきたり、枯れたりするとたいへんなことになってしまいそうな大きな松です。「危ないから切ってしまいたいな〜」というのもありますが、本当は「花粉対策に切りたいな〜」と思います。ところが、安易に切れない理由もあります。

 

 1つは下呂温泉発祥の縁起「しらさぎ伝説」の松もその中に含まれていること。1265年(文永2年)、山の中の源泉が地震により枯れてしまい、翌年、現在の源泉地、河原の源泉を知らせた白鷺が降り立ったという松。その松の根元に、温泉寺の本尊・薬師瑠璃光如来が鎮座されていたということで、現在も「瑠璃の松」(るりのまつ)という呼び名で親しまれています。しかも、この「瑠璃の松」が一番ややこしい処にそびえていて、他の松を切るのに「危ないから」という理由はつけられません。

 

 もう1つの理由は、温泉寺の所属宗派である臨済宗を確立された、中国の臨済禅師の栽松の因縁があります。臨済禅師は、後人の標榜・つまり後から来る人達の道しるべのために、寺の境内に松を植えられました。それは、実際順路を示すための道しるべでもあり、その寺の年輪でもあり、心の拠り所としての道しるべでもありました。足場が悪く、ゴツゴツとした岩場で、しかも風当たりの強い場所であっても、太く高く、いつでも翠の葉をつけている松。その様相がいつの時代にも共通する不変の真理を示しています。臨済宗の寺に松の木が多くみられるのは、このような因縁によるものです。

 

 温泉寺の歴史を、その容姿にて伝えてくれている松。それと同じように年輪を刻んでいるのが、毎年5月5日(こどもの日)の「はなまつり」に登場する張子の象さんです。約50年前に作られた象さんで、毎年1日だけの登場ですが、頑張って「誕生されたお釈迦様像」を、町内を1周して温泉寺までお連れしてくれています。先導するのは町内の子供たち。みんなでお釈迦様の誕生をお祝いし、仲良く遊ぶことを誓います。

 

 子供たちに人気の象さんですが、今まで50年間、その都度、保護者のお父さんたちの手で補修してもらい、色を塗りなおしてもらいながら、今日に至っております。今の子供たちの親御さんは皆、子供の頃、この象さんを引っ張った方ばかりです。親子二代、もしくは三代に及ぶこの行事、そしてこの象さんも、温泉寺にとっては大切な財産です。

 

 いつかこの象さんも朽ち果ててしまう時がくるかもしれませんが、たとえ象さんの姿が多少変わることがあっても、それを引っ張る子供たちの純粋な瞳だけは、松の葉同様、いつの時代も変わることがありませんように・・・。

 

 

 

 


 

なみだしくや・・・  2010年3月17日更新

今さらですが、新年明けましておめでとうございます。

この言葉を申し上げるのに2ヶ月半もかかってしまいました。

ようやく春らしくなり、温泉寺の紅梅も開花しました。

それもそのはず、明日から春のお彼岸です。

 

 

というわけで、本日午前中は、仏様にお彼岸団子とお花をお供え致しました。温泉寺では先代和尚さんの時代も手作り団子をお供えしておりました。(たぶんそれまでの和尚さんの時代も・・・)

米粉から団子にして、蒸してお供えするまで、2時間くらいかかります。現在はお彼岸団子もスーパーで買える時代です。買ってくれば、手間も時間も省けます。今までどれだけ買って来ようと思ったことか・・・。

 

江戸時代の松尾芭蕉「奥の細道」を紐解くと、元禄2年8月14・15日に現在の福井県敦賀市に芭蕉は逗留しています。敦賀には、気比神宮という立派な神社があり、芭蕉も参詣し、句を残しました。

 

月清し  遊行のもてる  砂の上

 

奥の細道によると、気比神宮の社殿の前の白砂は、まるで霜を敷き詰めたように白い。その昔、2世他阿上人が一念発起して自ら草を刈り、沼地の境内を乾燥させ、せっせと海岸の白砂を運んでぬかるみを埋めた。その行を、歴代の上人も引き継いで、神殿前には白く輝く砂が敷き詰められている・・・と宿の主人から聞き、深く感激した・・・とあります。

句中の遊行とは、歴代の上人様のことです。当時、白砂をどのような方法で運んだか・・・。などと想像しますと、かなりのご苦労だったことと思います。1日1日少しずつ、地道な作業を1代勤め上げ、更にそのご苦労を、引き継ぐ歴代上人の姿があった。本当に涙ぐましいお話です。

 

芭蕉は初案の句で、

 

なみだしくや  遊行のもてる  砂の露

 

と詠みました。同じことを繰り返し続けていくことは、非常に難しいことです。また、現代の文明の利器による利便性をあえて否定することも、難しいことです。

でも、手間がかかっても、時間をかけてでも同じことを繰り返ししていくことが、日本独自の伝統文化を生み出しました。そこに日本人の良さがあるのではないかと思います。

 

「お彼岸団子の10個や20個ぐらい、自分でこしらえろ!」

という歴代和尚様の叱咤の声が聞こえてきますが、実はこれも全く当然のことで、特別なことではないと思います。

(写真〜秋彼岸・子供茶会)

 

 


 

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